”カロラータ”は蝶の名前です

代表である西澤孝が、西ニューギニア アルファック山脈の標高2,000m地点で高地性ジャノメチョウの新種を発見。「カロラータ(Platypthima Colorata)」と命名しました。
その名前を会社名とし、商品を通じて生物自然生態系を探求する事業をスタートしました。
見知らぬ秘境への探検のもとになった飽くなき挑戦心と夢の実現を追い続けた情熱の証を表現したシンボルマークです。

カロラータ(Platypthima Colorata)

カロラータ(Platypthima Colorata)

日本、アフガニスタン、ニューギニアの蝶

日本、アフガニスタン、ニューギニアの蝶

日本、アフガニスタン、ニューギニアの蝶

私は中学の生物部で見た標本をきっかけに、両親に「月々の小遣いは要らないから蝶を捕りに行かせてほしい」と願い出るほど、“蝶”という生物に魅せられました。 毎年はじめに一年の計画を立て、中高の6年間は無我夢中に昆虫採集を続ける日々。5万分の1の地図の記号等と実際の地形を照合して山の特徴から蝶のいるところを予測したりと、採集方法も自分なりに試行錯誤を重ねました。
そうすると、だんだんと蝶の気持ちがわかるようになってきたんです。
「どこにいるのか?」
「どこに飛びたいのか?」
「どこに卵を産みたいのか?」
環境を知り、蝶の気持ちがわかるようになると面白いように蝶がいる場所を探し当てられるようになりました。
この時期に、生物が好む環境の何かを、知識と体験を積み重ねて理解できたことが、私の人生に大きく影響したことは間違いないでしょう。

ROOT 01 生物自然とのふれあいを育んだ少年期

生物好きだった父親の影響を受け、幼少時代から魚や虫、カエル、蛇などと親しんでいました。
夏休みには両親の郷里である信州の渓流で、イワナやサンショウウオを、千葉や伊豆の海では、チョウチョウウオなどの生物を採取し、生物の持つ魅力と捕らえたときの充足感にのめり込んでいった。
特に引きつけられたのが、ある山で採取した “クジャクチョウ”という蝶。5cmにも満たないが、裏と表が全く異なる模様をもつ、その小さな蝶の美しさが幼き心を捉えて離しませんでした。

クジャクチョウ(表)

クジャクチョウ(表)

クジャクチョウ(裏)

クジャクチョウ(裏)

ROOT 02 虫を追い求めて自然の中へ

私立中高一貫校入学後、自然な流れで生物部に入部。
生物部が展示した圧倒的な数の蝶の標本を間近で見て「こんなにきれいな蝶がいるのかと驚き、自分の手で捕りたい」と思うようになりました。
その思いを行動に移し、中学の3年間、南アルプスの北岳や北アルプスの槍ヶ岳など、3,000m級の峰々を縦走し無我夢中で高山蝶を追いかけました。
さらに高校生になると行動範囲を拡大させました。なかでも北海道で過ごした、約1ヵ月間は、早朝に甲虫採集、日中は蝶の採集、夕食を食べて夜間採集と、毎日朝から晩まで亜寒帯の昆虫採集に明け暮れました。
また当時、アメリカ領であった沖縄に1人渡り、沖縄本島、石垣・西表島の亜熱帯の山林の中で思いっきり本州とは違う蝶を追いかけました。

沖縄専用パスポート

沖縄専用パスポート

左:アウトクラトールの生息地、バラコラン渓谷 右上:ヒンズークシュ山脈の検問所 右下:パンシール渓谷を登るキャラバン隊 アサヒグラフ 1971年9月24日号

アサヒグラフ 1971年9月24日号

探検の原点 - アフガニスタンの成功 -

日本の大自然の中で蝶を追い求めてきた私は、蝶の探検家が誰も行ったことのない海外の奥地で未知の蝶を採りたいという思いが強くなりました。
「大学費用も全部自分でまかなうから、好きな事をやらせてほしい」と父親に申し出て、探検の資金調達のため懸命にアルバイトに明け暮れました。そして約3カ月にわたるアフガニスタン探検調査を実行したのです。
当時、この地では山賊が横行していたため、通訳はピストルを携帯、夜、ベースキャンプで休んでいるときは、散弾銃を枕元に置くなど、19歳だった私には強烈すぎるインパクトがありました。また、標高3,500m~5,500mと高地での採集活動だったため、高地酸素欠乏のため、体が自分の意思で動かず苦しんだ事も。また帰路にはアメーバ赤痢になり長期の闘病生活も送りました。
しかし、そんな危険と隣り合わせな採集活動だったからこそ、探検の醍醐味と楽しさ、厳しい自然環境の中で挑戦して自ら求めるものを獲得する充実感を味わえたんだと思います。

ROOT 03 自分の体力・精神力を超えた経験

1971年19歳の夏、世界のもっと大きな自然の中で未知の蝶を探そうとアフガニスタンへ向かいました。 首都カブールから装備を積み込んだトラックで行けるところまで行き、その後は馬10頭のキャラバン隊を編成、ヒンズークシュ山脈の奥地へパンシール渓谷をさかのぼりました。
標高4,000mの峠で高山性モンキチョウで発見し、高地であるいことを忘れ、馬を飛び降り、夢中で追いかけたが、空気は平地の半分。勢いよく走ったために気絶した。時には岩場の斜面では、時々巨大な毒グモに遭遇したり、崖が崩れて、人の頭くらいの大きさの岩が凄い音を立てて体をかすめていった事もありました。

キャラバン約15日間を共にした愛馬

キャラバン約15日間を共にした愛馬

ROOT 04 ついに見つけたアウトクラトール

氷河時代の落し子と云われるアポロチョウの仲間で幻の最美麗種アウトクラトール。1911年にパミール高原でたった1頭発見されてから謎の蝶として世界の蝶収集家が追い求めていました。1936年にドイツ人の蝶探検家が発見したが、希少価値下がるのを恐れ採集地は公表されず。次いで1960年にイギリス人が再発見したがドイツ人の採集地とは違う場所で記録されました。
1971年6月末にキャラバンを開始し、7月ベースキャンプを設置、懸命に周囲を調査した数日後、標高約3,500mのポイントで切り立った岩場をかなりのスピードで飛び回るアウトクラトールを発見。
崩れやすい急斜面のガレキの岩場によじ登って採取を何度も試み、自らの手で捕ることが出来ました。そしてこの場所は1960年にイギリス人が再発見した生息地である事が数少ない記録から解りました。
さらにその後、ドイツ人が死ぬまで明らかにしなかった場所も、ベースキャンプを移動し、7月下旬にホジャマホメット連峰標高4,000メートル付近の山中で遂に探し当てることに成功。誰もが成しえなかった2か所の生息地を見つける快挙を成し遂げました。

アウトクラトールのメス

アウトクラトールのメス

左:西イリアン中央山脈アングルック地区、原住民ヤリ族と 右上:最稀種チトヌストリバネアゲハ 右下:デマイシー渓谷で 進化生物学研究所発刊と発見した新種のカロラータ

左:進化生物学研究所発刊
右:発見した新種のカロラータ

ニューギニア 命を懸けた自然との闘い

アフガニスタンでの探検で、私は探検の奥深さ、面白さを知り、どんどんのめり込んでいきました。次は世界のどの地域に探検に行くのかと24時間探検の事ばかり考えていました。いくつかの候補地がありましたが、アフガニスタンの高地とは正反対の灼熱の熱帯地ニューギニアに意を決め実行に向けて全てのエネルギーと時間をかけました。
時にはジャングルをさまよい、大木の根元で寝ることもありましたし、鉄砲水にのまれそうになったことも幾度もあります。その上、日本人としては珍しかった、マラリアには5回もかかり、最後には特効薬に耐性をもった熱帯熱マラリアになり病院の入退院を繰り返しました。
しかし、そんな未知の世界への挑戦が、アルファック山脈標高2,000mの奥地で発見した、高地性ジャノメチョウの新種に繋がったと考えています。新種の蝶の名は「カロラータ(Platypthima Colorata)」と命名しました。
私の人生は蝶に導かれ、大自然の中で蝶と格闘し、蝶に充実感を教えられました。そんな自然の素晴らしさを多くの人と共有したい、伝えたいと考え、「カロラータ」という会社を設立したのです。

ROOT 05 熱帯ジャングルに蝶を追う

1973年、蝶探しのフィールドを熱帯雨林へと移し探検調査をスタート。そこは「昆虫の宝庫」と呼ばれる程、珍しい蝶が生息している、西イリアン(西部ニューギニア)。そして、それは日本人で初めてトリバネチョウ類の再発見への挑戦でした。
赤道直下に位置するニューギニアの面積は日本の約2倍。世界で2番目に大きい島で、その西側、西イリアンには標高約5,000mにも及ぶ高峰と、見渡す限りの大原生林が密生し、前人未踏の空間が果てしなく広がっています。
1973年から1977年まで6回にわたり、北西部アルファック山脈の奥地、中央山脈中央部、熱帯の低地ジャングルの中など未踏の地へ未知の蝶を探し求める探検を繰り広げました。

探検に使用した地図

探検に使用した地図

ROOT 06 幻のロスチャイルドトリバネアゲハ発見

当時、熱帯林の上を飛翔する姿はひときわ目立って驚嘆に値する存在であったトリバネアゲハは、採集するのが極めて難しく、世界の研究者や収集家の心を魅了していました。
19世紀半ば以降、イギリスとドイツはトリバネチョウの新種発見を競い合い探検隊を次々と派遣し、手の届かない高い場所を飛ぶ蝶を、どうしても網で捕ることが出来ず、散弾銃で撃ち落としてやっと手に入れた種類もあったほどです。特に、19世紀にイギリスの探検隊に発見記載された最後のロスチャイルドトリバネアゲハは、50年以上もの間、幻のベールに包まれて殆どの人達が標本写真すら見たことがありませんでした。
密林での採集活動に向けた長期にわたる体力作りと、西イリアンへの入域許可をとるための準備期間を経て、熱帯雨林の奥地へのキャラバンを何度も何度も粘り強く続けました。その結果、1974年、約60年ぶりに最稀種”ロスチャイルドトリバネアゲハ”の再発見を成功。延べ1年6カ月という長い探検の栄光ある成果でした。

ロスチャイルドトリバネアゲハ

ロスチャイルドトリバネアゲハ

  • (財)日本自然保護協会(NACS-J)
  • (財)日本野鳥の会
  • 国立科学博物館
  • (財)全国科学博物館協議会
  • (社)日本環境教育フォーラム
  • (社)日本動物園水族館協会
  • (財)日本動物愛護協会